シンドラーのリスト

 メインブログに『シンドラーのリスト』のタイトルで、記事を書きました。
このブログは、私の音楽のストックですので、映画の感想は省き、音楽だけを抽出して残すものです。

kyokoippoppo.hatenablog.com

映画は、戦争の特需を利用して一儲けしようと画策するオスカー・シンドラーの身支度の場面から始まります。
背後に流れる曲は、以前聴いたことがあり、その記憶が呼び覚まされました。
身支度の最後でオスカーが背広の襟につけたのは、ナチ党のシンボル鉤十字のバッジです。

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「このメロディ聴いたことがあるわ!!」
という小さな驚きを追いかけて検索にかけたところ、この曲のタイトルは『暗い日曜日』だと分かりました。
この曲は自殺を誘発するなどという情報もひっかかりました。
YouTubeには、さまざまにアレンジされた『暗い日曜日』が公開されており、おどろおどろしいムードのものもありました。
でも、私は美しいアレンジが好きだわ!!

そう!!
これです。これです。

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そして、『シンドラーのリスト』は、何といっても主題歌が美しい。
いつでも味わえるように、このブログに残すことにしたのです。
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この女性が吹いているのはオーボエかしら??
奏者の映像に胸を打たれました。
彼女は、演奏終了直前には感極まって泣き出してしまっています。
何に対して流された涙なのでしょう??



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こちらは、バイオリンの音色の美しさは、言うまでもないことですが、(奏者の姿もうつくしや!)きらびやかなホールが素晴らしい!!
そして演奏を味わう人々の表情もまた素晴らしいと感じました。

2022年6月の追記
公開停止になってしまった動画・・残念!!
ピアノ演奏を追加しましょう。

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Lullaby

 珍しく、「買い!!」でメルカリを利用し、手に入れたCDプレイヤー。
針仕事のお共として、我が家にあるCDをかける・・・そんな休日を楽しんでいます。
長男が残したクラシック。

一時期傾倒した「ラフマニノフ」のものがたくさん。
重厚な楽曲も多いけれど、今の私には刺激が強い。

チャイコフスキー作曲、ラフマニノフ編曲による子守歌(ララバイ)。



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そう、こんな音楽にひたりたいのです。

カウンターテナーの歌い手、スラヴァも歌っています。
探し出したこの動画・・・何故に工業地帯の中で「子守歌」を?・・・
と思いますが・・・・・私は気に入ったな。

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スラヴァの歌う『ライラライラ』も好き!!
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チャイコフスキーの子守歌には「嵐の中の子守歌」という表題のものもあります。
Lullaby in a storm

スラヴァによるものは、YouTubeでは探し出せず。
こちらで・・。

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今後しばらくは、この記事を自分で開いては、貼り付けた音楽を聴くことでしょう。
夜のお供にし、眠りに誘ってもらいましょう。

聴けばタイムスリップするこの曲

nonchi1010.hatenablog.com

のんちさんによるこの記事を読んでいたら、私の音楽のお部屋である
ここに、記事を投稿したくなりました。

私の音楽や「音」に対する感度は、とりたてて繊細とはいえず、常に時々のムードだけで楽しんでいます。
そんな私が、今回ここに残すのは森田童子の歌声です。

時々聴きたくなる曲。
聴けば心はタイムスリップ!!


下記の引用部分はWikipediaから引っ張ってきました。

東京都出身(札幌のコンサート会場で配布されたチラシ「森田童子ラフスケッチ」によると、1952年に青森で生まれたとなっている)。
全共闘などの学園闘争が吹き荒れる時代に友人が逮捕されたことをきっかけに、1970年に高校を中退。

私は、このころはまだ小学生でしたが、この時代の空気感のようなものは、記憶に刻み込まれております。

kyokoippoppo.hatenablog.com

気ままな生活を送っていたが、20歳のとき友人の死をきっかけに歌い始める(この亡くなった友人をモチーフにした曲が、デビュー曲となる「さよなら ぼくの ともだち」である)。
ライブハウスデビューは1973年の西荻窪ロフトであった。

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カーリーヘアにサングラス、男性的な服装というスタイルが特徴で、レコードジャケットはもちろんコンサートなどでも素顔を見せることはなかった。森田童子は芸名であり、本名は非公開。
加えて実生活についてもほとんど公表せず、作詞した歌詞の内容もありのままの実体験ではなく願望を投影したものであるとしており、普段も寡黙で、作品に生活感を滲ませることを避けていた。

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動画の景色も懐かしく・・・・!

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okmusic.jp

SACRED SPIRITより

既視感 


この記事は、メインブログの記事をそのまま貼り付けたものです。

 タイトル通りでございます。
前回の記事に貼り付けた『AINU ARTS&CRAFTS』という動画。
映画「アイヌモシリ」関連の動画をYouTubeで探した際目に入ったものです。
主人公カントを演じた下倉幹人の母親である下倉絵美さんの動画、さらにはお父さんかと思われる下倉洋之さんの動画です。

昨日は、それらを情報の収納庫である『納戸』というカテゴリに収めたところで、記事を締めました。

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下倉洋之氏は動画の中で、カナダのジュエリーが好きと語り、カナダの美術家「ビル・リード」の作品に強く魅了されていると語っておられます。


ビル・リード氏に関しては下記の通り。(Wikipediaより)

ウィリアム(ビル)・ロナルド・リード(William (Bill) Ronald Reid, 1920年1月12日 - 1998年3月13日)は、カナダの美術家。カナダ北西沿岸先住民(かつて北西沿岸インディアンと呼称されてきた人々)のうち、特にハイダ族の伝統芸術様式を復興させ、今日の世代に受け継いだ芸術家であり、彫刻(木彫、ブロンズ)、宝飾品、絵画、シルクスクリーンなどの分野で活躍した。

「ああ!!これ!!見たことあるわ。」
動画に映し出されたビル・リード氏の作品の一部を見て、私はつぶやきました。
そう!!
龍村仁監督による『ガイア・シンフォニー3』の映像の中で見たのです。

ガイア・シンフォニー

 1999年の12月、私はこの映画の上映会を企画し、夫の協力を得てこの町で上映しております。
思い出深い映画なのです。
映画の情報まで貼り付けてしまいますと、記事がボリューミーになりますので、ここでは内容については割愛いたします。
ただこの映画のなかで、ビル・リード氏の作品も登場しており、その記憶が呼び覚まされたことを伝えたいのです。


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(画像は、2017年のネイチャリングニュースよりいただきました。)
この映画で使われた音楽、『SACRED SPIRIT』のライナーノーツの写真にもビル・リードの作品が使われておりました。
(現在検索にかけても別の画像が出てきます。当時のCDに使われていたのです。
私、このCDを持いるのですが、だらしないことにライナーノーツ紛失しておりまする。)




下記は、「監督のお薦め2」というウェブページのコピーです。
龍村氏が『SACRED SPIRIT』について語っておられます。

セイクリッド・スピリット『セイクリッド・スピリット』(東芝EMI
このCDこそ『第三番』のためにあらかじめ用意されていたのだ、と思えるものだ。「地球(ガイア)の声が聴こえますか」というあのコピーを下さった藤原ようこさんからずっと以前にプレゼントされていたものだった。クリンギット・インディアンの神話の語り部、ボブ・サムのパートをつなぎ始めた時、久し振りでこのCDを聴いた。以前聴いた時とは全く違って全身が鳥肌立ってくるのを感じた。それはボブ・サムの語る「ワタリガラスの神話」を言葉ではなく、音楽で語っている、と感じた。私は音楽を聴く時、ライナー・ノーツはほとんど見ない。この原稿を書くにあたって改めてライナー・ノーツを見た。そこにはワタリガラスが大洪水のあと初めてこの世に人間を誘い出した時の様子を表す、ビル・リードの有名な彫刻の写真が載っているではないか。ボブ・サムの語る神話もこのCDも、20世紀の体験を経て、21世紀に甦る5千年~1万年前の“記憶”なのだろう。

(大文字はkyokoによる)

 1999年の上映会以来、私は『ガイア・シンフォニー』を観ておりません。
ましてや、再び自主上映を企画するエネルギーも持ち合わせず、20年余を過ごしてきました。

しかし、『アイヌモシリ』をブログの話題にしたことをきっかけに、見覚えのある映像に出会い、懐かしい世界に戻ってきたという気持ちです。

『SACRED SPIRIT』の音楽を一つご紹介して、「音楽」のカテゴリとしてしまっておくことにましょう。

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スラヴァ

スラヴァ・・・カウンター・テナー歌手です。日本では「スラヴァ」の愛称で呼ばれますが、ヴャチェスラフ・カガン=パレイ(ロシア語: Вячеслав Каган-Палей)と名乗っているそうです。


カウンター・テナーとは、変声を過ぎた男性が裏声(ファルセット)や頭声を使って、女声パート(アルト、メゾソプラノ、ソプラノ)あるいは女声に相当する音域を歌うことを指します。


以下はWikipediaから一部抜粋した略歴です。

ベラルーシのホメリに生まれた。はじめベラルーシ国立音楽院(英語版)でヴァイオリンを学んだが、やがて声楽の才能を見出されて歌手に転じ、ベラルーシ・アカデミック・カペラで歌い始めた。
1987年にレニングラードフィルハーモニー管弦楽団との共演でシューマンの「レクイエム」のソプラノパートを歌い、ソリストとしてデビューした。

私がスラヴァを知ったきっかけは、龍村仁監督の『ガイアシンフォニー』という映画作品です。
その第三番。
星野道夫  フリーマン・ダイソン  ナイノア・トンプソンが出演する作品です。
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 さらに・・・、私はこの映画の上映を我が町で鑑賞するために、実行委員の筆頭に立って動いたのでした。15年以上も前のことになりますが。
教育委員会の協賛を得るために、夫も大いに協力してくれました。


この作品での挿入歌の一つが、スラヴァによるカッチーニの『アベ・マリア』だったのです。

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龍村仁氏が寄せる『アベ・マリア』への賛辞です。

スラヴァの「アヴェ・マリア」は、ほとんど“狂気”と紙一重のところまで鋭ぎ澄まされたマリアの愛だろう。
この曲を使いたいと思ったのはあのフリーマンの眼だった。
一人の人間の生命の時間をはるかに超えた宇宙的な時間を見つめている時のフリーマンの眼はまさに“狂気”の眼だ。母なる星<地球(ガイア)>の慈愛の背後に拡がる無限の闇の宇宙、母なる星<地球(ガイア)>の慈愛はまさにその無限の闇の宇宙に支えられて在る。スラヴァの「アヴェ・マリア」はその闇の宇宙から聴えてくる。それは“狂気”なのだろうか、それとも、<地球(ガイア)>をはるかに超えた宇宙のマリアの愛なのだろうか。


『アベ・マリア』も大好きですが、手持ちのCD『ララバイ』収められている曲たちも大好きなのです。
その中の一曲『ライラライラ』・・・いかがでしょうか??


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我が家の愛犬ぶーたろうも、思わず遠吠えする美しさ!!!!

good-byeエンニオ・モリコーネ

※この記事は同タイトルのメイン記事を貼り付けしたものです。

訃報

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7月7日、
長男からのラインで、エンニオ・モリコーネが亡くなったことを知りました。


家に戻ってから新聞を広げましたら、記事がみつかりました。
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享年91歳・・・・大往生といえますね。
年齢を考えれば、このような報道は想定内といえましょうが、長男Hにとっては予期せぬものだったようで、大きな衝撃と共に受け取ったことが、その文面から伝わりました。
彼のTwitterには、「心に大きな穴か空いた」と書かれておりました。

この事を記事として残すことは可能だろうか?
と問われましたので、
「やってみましょう。」と。
Hのリクエストに応えることにしました。

 昨日の記事で、次男が数日滞在するのでバタバタすると綴りましたが、彼はこちらに来ても仕事三昧な様子。
引っ越し業者の方がやってきて、搬出が終わるや、
お留守タイムの妹宅(娘のところ)へ移動し、そこでリモートワークに励むそうです。

1日年休を取った私は、思いがけずのんびりした時間を確保することができることとなりました。
天気は良く、外は静か。
今はまだ自宅にいる次男のパソコンのカタカタいう音と、外で鳴き交わしているカラスの声を聞きながら、ソファに座ってスマホで下書きを打っています。

ピアノとバイトとビデオの日々

 長男がエンニオ・モリコーネを知ったのは、16歳の時。
長男Hは、中学3年生で初めてピアノに触り、その後その世界にのめり込みました。
高校の進学もせず、バイトとピアノとレンタルビデオ観賞の日々のなか、出会ったのが、
海の上のピアニスト』でした。

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この曲をひっさげて札幌に出向き、素人自慢コンクールに出場しました。
そこで出会った音楽仲間との交流も始まり、息子の道は迷うことな方向づけられてゆくことになります。
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素晴らしい音楽を残して・・・

 Hは、その後作曲の勉強をし、その技術を向上させるべく今も励む日々です。 
作曲の手ほどきを受けることとなる、M先生と初めての対面時のこと。
M先生はHに、
「君には、目指したいと思えるような作曲家、目標とするような作曲家がいるか?」
と尋ねたそうです。
Hは近代音楽の作曲家として確立を果たしておられるM先生を前にしながらも、正直にエンニオ・モリコーネの名を挙げたということです。



彼にとってエンニオ・モリコーネは、峰の高みに存在する揺るぎない理想だったようです。
憧れ、尊敬の対象だったようです。
直接会ったり、話したりする存在ではなかったものの、大ききな拠り所であり、それを失った悲しみ喪失感は大きく、Hの感情に激しく作用したのでした。

Hに関することは「長男のこと」に綴っておりますし、今後も折々に綴っていきます。
重複を避けるためにもここら辺りでとどめておきましょう。

息子のリクエストであるこちらの動画と・・・・
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私の好きな『ガフリエルのオーボエ』を貼り、哀悼の気持ちを残すことにいたしましょう。
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地声で歌う

40年前の職場で

 やたらおでこが広くて、縁の太くて黒いメガネをかけた・・・ああ名前すら思い出せない職場(神奈川県公立小学校)の先輩が、熱く紹介してくれたのが、
芸能山城組でした。
何人かが音楽室に集まって、彼が得意そうにセットしたレコードの歌声を聴きました。
伸びやかな地声の歌声です。
私も大好きになり、同じレコードを買いました。
この度ちょいと引っ張り出したらこんな新聞記事がぱらり・・ジャケットから出てきました。
1981年のものです。(おそらく朝日新聞・新・旧 人 人)


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(読みにくいなあ!!何度撮り直してもこれが限界でしたので、これでご勘弁。)

1966年にお茶の水女子大学東京教育大学(現・筑波大学)の学生による男女混成合唱団「ハトの会コーラス」のリーダーに山城祥二(大橋力)が就任。ブルガリアの伝統的な女声合唱のほか、日本民謡グルジアの合唱など、さまざまな唱法でのコーラスにチャレンジする[1]。1969年、「合唱団ハトの会」に改名。民族音楽研究家の小泉文夫の協力を得て、メディアに登場するようになる。1970年に「恐山」を発表し、1976年に「恐山/銅之剣舞」としてアルバムをリリース。山城が民族音楽コレクションのスーパーバイザーをレコード会社から依頼され、各地へ録音に出かけるようになる[2]。これがJVCワールドサウンズの発売につながる。1973年、バリ島に初の調査。1974年に日本初となるケチャの全編上演をきっかけに、「芸能山城組」に改名。

Wikipediaの来歴の一部をコピー(続きは記事後半に貼り付け)
ある夏の日、新宿で行われていた「ケチャ祭り」をずっと見ていたな。
私にもそんな日があったのさ。
(動画はケチャ祭りでの合唱の様子)
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忘れられない歌声

 職場をたったの3年で去り、わたしは嫁いで北海道にやってきました。
新しい生活や育児に追いまくられる数年間が続き、ある日ふと、その歌声が懐かしくなりました。
CDを購入し、しばし堪能。

地の響~東ヨーロッパを歌う

地の響~東ヨーロッパを歌う

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(外部で録音したもののようですね。さまざまな音やセミの声が入り混じっておりますが、その中で繰り広げられる歌声です。)

うつくしい・・・・。

そして・・・・山城組による日本の民謡、「刈干切歌」も大好きなのです。

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ある日我が家のCDラックを眺めていた次男が
「え?????なんでうちに芸能山城組があるの!!!!!」
と言いました。
私の方は
「え??????なんで芸能山城組を知っているの!!!!!!」
なんでも
「アキラ」という大好きなアニメ映画の主題歌を歌ったのだとか。

1986年に、バリのガムランや日本のお経など、さまざまな民族音楽や唱法を取り入れた「輪廻交響楽」発表。これを聴いた大友克洋から楽曲の借用を要請されたのをきっかけに、『AKIRA』のすべての音楽を担当し、1988年に「Symphonic Suite AKIRA」として発表。1990年に「翠星交響楽」発表。その後も世界各地の民族音楽の研究と発表を続けている。

Wikipedia来歴(上記貼り付けたものの続き)より
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へえええそうかい。

40年前の私と、息子の今がつながった感じがして、感慨深かったです。


追記

koubakozuwariさんが、コメントを下さいました。

紹介してくださった曲をさっそく聴いてみました。
妖艶と形容しましょうか?
いや違うな。
まだ明かされていない謎めいた世界を覗き込む感じとでもいいましょうか?
昇っていくような、それでいて堕ちてゆくような・・・・
山城組の合唱ではありませんが、貼り付けておきましょう。
コメントありがとうごさいました。
本州の夏の夜を、久しぶりに思い出しております。
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